東海国立大学機構Common Nexus
Common Nexus of Tokai National Higher Education and Research System
風景と建築
この場所に立ったとき、私はまず自身の表現をできるだけ控え、目の前に広がる傾斜した緑の風景と、立派に育ったクスの木の並木を最大限に引き立てることを最優先にしようと思った。国立大学機構として与えられた要件を尊重しながら、新しい風景が生まれるような建築を創造したいと願った。1960年に竣工した豊田講堂について、大高正人は「建築は環境的、すなわち状況に依存するものでなければならない」と新建築に記し、槇文彦はこの建物を通じて環境の大きな力を表現し得たと評価した。そして、「近視眼的なデザインの評価から離れ、建築を広い空の下で改めて考え直してみてはどうか」との言葉を残している。確かに、槇の設計した豊田講堂の真の美しさは名古屋の広い空の下にあった。なだらかな丘の起伏と、その背後に続く東山の保存緑地に囲まれ、まるで環境との接点となる門のような佇まいである。その門の前に立てば、芝生の傾斜した広場越しに名古屋の街並み、さらに岐阜へと続く風景がゆったりと広がる。私はその光景を見て、「この芝生の何もない余白こそが、人々が集い、思い思いに居場所を見つける風景である」と感じた。学生や地域の子どもたちが自由に過ごすこの空間こそが、キャンパスの最大の建築的価値なのではないか—これが最初の印象だった。豊田講堂から続くグリーンベルトの明確な軸性とともに、「ComoNe」の屋上広場から見た広大な芝生広場と豊田講堂が包み込むようにつながる風景を創りたいと考えた。これこそが、ここに新たに生まれる「私たちの風景」として存在し得るのだと確信した。東海国立大学機構Common Nexus(通称:ComoNe)は、「知とイノベーションのコモンズ」として、大学と街、人と人、過去と未来が緩やかに繋がる空間を目指して構想された。現代の大学キャンパスは、教育と研究の場にとどまらず、地域との共創拠点としての役割も求められている。地上と地下鉄とつながるこの場所には、名古屋大学や岐阜大学の学生、教職員のみならず、地域の住民や子どもたち、企業やアーティストまでもが自らの問いを携えて集う。境界をほどき、対話と探究を自然と育む新たな「知の風景」がここに創られている。これまでの大学像を超え、地域や産業界にも開かれた場の実現が期待されている。
谷戸広場
キャンパスが築かれる以前、この場所は谷戸と呼ばれる自然豊かな地形だった。美しい野山と清らかな水流が現存する鏡池に集まり、一つの生態系が形成されていた。その風景を私たちはイメージし、お椀のように中央部が軽く凹み、芝生が大きく覆いかぶさるような大屋根を「谷戸広場」と名付けた。水は屋根の土壌に涵養され、循環を生み出し、やがてクスの並木へと続く木陰の居場所を育んでいく。地上から眺めると、並木の緑よりも低いヒューマンスケールの平屋建ての佇まいをつくり出している。東西の軸線で豊田講堂と図書館が結ばれる関係性を尊重しつつ、地面に馴染むことを意識して設計を進めた。グリーンベルトを挟んで大学の文系と理工系が南北に分離して配置されながらも、建築によって流動的に融合し合い、地域の人々や自然とも柔らかく重なり合う「間(あわい)」を創ろうとした。キャンパスの中心部を横切る四谷通りと谷戸広場は中央で接地しながらも、緩やかな曲線を描いて立ち上がる。ここは都市の中に生まれた新たなヴォイドである。「空」を仰ぎ、自然と向き合う贅沢な余白として、新たな風景を育んでいる。
重なり合うオープンスペース
諸室の多くは地下に配置した。既存のクスの並木から差し込む光や風が地下空間にまで届くよう、地形をめくり、並木に沿った軒下につくられたガラス張りの「えんがわ」は、人々が気軽に行き交い、外部と内部を緩やかにつなぐ開かれた縁辺空間である。地下全てを俯瞰できるワンルームの構成により、地上と地下、内外部は視線と気配によって緩やかにつながっている。オープンスペースは南北双方から中心に向けて段差状に配され、パスでつながる谷地形を形成し、地下鉄出入口や図書館とは、東西に伸びる通路状のパサージュで連結されている。歩むほどに様々な活動が立ち現れ、居場所が点在する仕組みである。和紙を張った曲面の天井には、光のグラデーションと風が表情を宿し降りてくる。谷戸広場の大屋根下には、都市のざわめきと凪いだ静けさが共存し、大小さまざまな居場所が秩序なく点在している。空と地面、光と陰、秩序と無秩序が不思議な交錯を生み出している。中央には6箇所の光の「サンクンガーデン」を浮かべ、人の動きは線状に留まることなく、奥行きや高さの中で交差し、都市の雑多さや広がりを感じさせる空間となる断面とした。サンクンガーデンの直下には複数の「とまりぎ」と呼ばれる小空間が点在し、パサージュ沿いの様々な活動の節点として機能している。
無為の余白
2025年7月1日のオープン後、様々な外部プログラムの公募には多くの応募が集い、オープンスペースは学生の自習や交流の場として賑わい、高い密度で利用されている。これまでの国立大学にはなかった、新たな地域との「共創の場」が現出している。7月に開催された初の「コモの市」には約1万人が訪れ、トークセッションやワークショップ、地域の飲食出店、アート展示など20以上のコンテンツが賑わいを見せた。このイベントは今後も3ヶ月ごとに継続され、ComoNeでの活動を地域に向けて発信していく。加えて、定期的にイベントが開催され、活動成果公開や参加者同士の交流が常態化している一方で、運営の持続性や利用者間のモチベーション格差、専門的なスタッフ確保などの課題も継続的にアップデートしていく。これら生きた流動的な運用とともに、地域と大学の共創拠点として愛される場所となることが期待されている。
オープンスペースー何もない無為の余白こそが、実はすべての人のための「居場所」である。私のものであり、私たちのものであり、誰かのものであり、誰のものでもない。ただ知と想像力が静かに生まれ合うコモンズとして、この場所がしなやかに世界と交わり続けることを心より願っている。
Location
Nagoya, Aichi
Year
2025
Category
University
Architecture
Tetsuo Kobori Architects
Structure
Konishi Structural Engineers
Building Services
Morimura Sekkei
Landscape Design
Landscape Plus
Stormwater Drainage Design
Machida Sekkei
Disaster Prevention Plan
Akeno Institute of Environmental Engineering
Lighting
Sawada Lighting Design & Analysis
Construction Supervision
Tokai National Higher Education and Research System, Facilities Management Department and Tetsuo Kobori Architects
General Contractor (Architecture)
Konoike Construction Co., Ltd., Nagoya Branch
Mechanical Works
Japan facilio Co., Ltd.
Electrical Works
Shirakawa Electrical Engineering Co., Ltd.
Custom Furniture Works
Aichi Co., Ltd.
Photograph
Flavio Coddou, Tomoyuki Kusunose