Tetsuo Kobori

Architects

Journal

旅と体験

ル・トロネ修道院

ル・トロネ修道院

ル・トロネ修道院


数年前、南フランスの修道院を訪ねる旅に出かけた。目的地のル・トロネに向かう途中、ラ・セルという小さな田舎の町で一泊した。

翌日、古いリノベーションをしたホテルに隣接した修道院に立入禁止と知らずに入り込んだ。前日までに見た「セナンク」や「シルヴァカンヌ」は、観光地として有名な修道院だったためか、廃墟化した修道院は、その驚くほどの荒々しさや素っ気なさと空間の豊かさに感動した。

中庭を中心とした回廊形式や、中庭から入る光の構成は永遠性を保ちながら、使い手を失った現在でも何も変わらない空間性がある。しばらくすると通り雨が降り、回廊空間の色が変わっていった。雨が止み終わったあと、ガーゴイルから伝わった雨が中庭にボタボタと落ち、その音が開口を通して、石造りの建築全体にこだましている。
中庭はもう雑草だらけだが、開口の壁の厚みがあるので、外部を伺うことができない。中庭の意味は、光の存在と、自然という中心性だということを理解する。
部屋と部屋は回廊形式で繋がり、中心が空洞である構成と、建築と空地の関係性による在り方は、その建築が土地に存在し続ける限り、機能が変わっても骨格は変わらない。と同時に、歴史を通して、それらにはある種の色気や心地よさがある。

わたしはいつも意図せず出会い、旅の途中の廃墟や、バナキュラーな建築、ひとりの人間の創造性を超えた集合体、名もない村に広がる風景と建築の調和、険しい山岳都市の風景や、崖や斜面に建つ小さい建物といった景色や建築に心を動かされてきた。
建築には、おもしろい空間的発見も多い。様々な機能や用途、使い手が存在し、その時代の流行もある。
その役目を終えたり、あたらしくよみがえったりする建築は、何も変わらない空間とともに、時間というフィルターで濾過されて本質がみえるからおもしろいのと思う。